京極:「のんびり、やりなさい」なんて言うじゃないですか。 「なまけものになりなさい」と、若者たちに。 これ、ちょっと聞くと 「あくせく働いてもしょうがないよ」って メッセージだと、思うでしょ?
糸井:そう聞こえますが。
京極:違うんです。
糸井:‥‥うん(笑)。
京極 :「怠けていても食えるような人間になれ」ってことなんです。
2009-04-25 (via gkojay) (via jacony) (via theemitter) (via yaruo) (via hagakure08) (via shimizusaki)
gpjc:
坂詰美紗子 - 「オンリーワン」(歌詞付)
ティピカルな冬ハウスにしてOLハウスで最高。“可愛くないけど譲れない”超えたかも! (by @sawadadaisuke)
次に起動するまで松。
英語のできないやつは世界のWebサービスで通用しませんよって当たり前か。当たり前なんだけど、動く現物があればなんとか分かってくれるだろうとタカをくくっていたようなところがある。甘かった。あれだ。悪しき日本人の「いいものを作れば売れる」幻想。
言語の壁は情報の壁である以上にユーザーにとって心理的な、いわば空気の壁でもあって、空気の壁を感じさせたらユーザーは敬遠する。相手の文化圏の空気が分からなくては、ユーザーに受け入れられる筈もないと感じた。ふぁぼったーは英語インターネットの空気が分からなかったのでfavstarに負けたんだ。
私にも、「見張り番が疲弊していたのかもしれない」という経験がある。
博士課程で博士論文と仕事に追われている時、1日の睡眠時間がしばらくの間、3~4時間だったことがある。最初の頃は、あまりの眠さに電車で何度も寝過ごしてしまったり、起きるのがつらかったり、気がつくと机にうつ伏せになっていた。なのに「目覚ましをかけずに寝続ける」勇気もなければ、「今日は研究をやめて、遊びに熱中しよう」とオフ日を作る勇気もなかった。「やらなきゃ」という強迫観念が強すぎて、休むことに勝手に罪悪感を覚え、“泳ぎ続けた”のである。
ところが、いつの間にかそんな苦しさがなくなった。睡眠時間が3~4時間でも平気になったのである。
「人間って、どんな過酷な状況も慣れるんだよね。人間ってなんでも結構出来ちゃうものなんだよ」などと平然と、そして少しだけ自慢げに友人に語っていたのである。
今考えればあの頃はただ、疲れている自覚がないだけだったと思う。
